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見てくれた人に何か考えてもらえたら。
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勇気って言葉がある。

でも、みんな勇気って何か知っていますか。

聞いた人全員が知っていると言うだろう。

じゃあそこでもう一つの質問をしてみよう。

勇気を自分の言葉で説明してと。

そうした時、あなたはその質問に答えることが出来ますか。

僕は出来ない。

勇気って何だ。

よく勇気を出せって人は言う。

勇気って何だ。

あの人は勇気がある。

あの人には勇気がない。

勇気を調べてみると、ものおじせずに立ち向かう気力などというように書かれている。

人が認識している勇気は確かにそういうものなのだろう。

そういうことを質問された時に答えれればいい。

でも、それは咄嗟に答えようにもほとんどの人が出てこないだろう。
勇気は勇気だって。

僕的にはそれでいいと思う。

勇気ってのは人それぞれある。

人の顔もそれぞれあるように、勇気の形ってのはそれぞれ違う。

それは表わせれないものだけど、自分の中にはそれっぽい雰囲気の形がある。

勇気って簡単な言葉だけど、よく考えると深くていい言葉なんだよ。


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目の前で転んだ人がいたとする。

あなたはどうしますか。

よくこんな質問があるのかどうかは知らないけど、どうしますか。

こういう質問に対して、ほとんどの人が助けると答えたいだろう。

まぁでも、ほとんどの人が助けずにそのまま通り過ぎるだろう。

周りの人が多いと余計にそうだ。

誰かが助けるだろうと。

見ているだけで自分が動くことはほとんどない。

人は意外に他人に興味がないんだ。

いじめも、苦しんでいる人も、そういう人を見たら人は可哀想だと言う。

そう言うだけだ。

確かに実際に動いている人はいる。

震災しているとこにボランティアでいっている人もいるだろう。

それでも見ているだけの人はいる。

見ているだけってのは楽だ。

だから、人は見ているだけでありたいんだ。

少しでも楽したい人ってのは見ているだけなんだ。

別に、楽でいることは悪くない。

見ているだけなんだ。

見ているってのは何だか考え方が難しい。
前提に何を置くか。

自分は成功する前提で動いているのか。

自分は失敗する前提で動いているのか。

自分の思い通りになると思って動いているのか。

自分の思い通りにならないと思って動いているのか。

物事の前提として思い通りに事が進むとは思わず、失敗した時のことを常に考えておく。

でも、それの繰り返しが結果的に成功へ近づく考え方なのかもしれない。

絶対に思い通りに行くっていう自信は大事なものなのだろう。

でも、絶対思い通りになると思って失敗のことを考えずにやっていくと、

必ずどこかで躓いてしまう。

躓いた時、前提として思い通りにならないことを予想してた人と、

前提として、思い通りになることを予想としてた人とでは対応が違う。

どっちの方が早い対応が出来るのかは誰でも分かる。

前提をどっちに置いておくかで、その後の成功と失敗の難易度は変わってくる。
良いことか分からない。

自分のしていることが良いことかどうかが分からない。

もしかすると、間違ったことをしているのではないか。

多くの人にとっては迷惑なことなんじゃないか。

自分の自己満足でした行動なのかもしれない。

目の前のことに一生懸命で、周りのことは何も考えてなかったのかもしれない。

万人を納得させることってのはこの世で一番難しい。

誰かが得をして、誰かが損をする。

その比率は様々だが、均等になることはこの先一生ないのではないか。

それぐらい、一定のバランスを取るのは難しい。

自分が良いことをしたと思っても、どこかの誰かは余計なことをと思う人もいる。

良いことって何だ。

誰にとって良ければいいのか。

相手のことを気にしてひたすら良いことをしないといけないのか。

全部、相手の顔色を窺いながら。

それは本当に良いことなのか。

自分が良いと思ったことをして何が悪い。

そういう気持ちから親切ってのが生まれてくるんだ。

自分が良いと思ったことはどんどんやっていかないと。

勿論、常識の範囲内でだ。

ここを考え無しにやると、ただのネジの取れた人になる。

それさえ出来れば、良いことってのはしていいんだ。

相手の顔色を窺う必要はない。

自分が良いと思ったことを表に出すの間違いじゃない。





人は何かに縋る。

自分が危機的状況に陥った時。

自分が不安でいっぱいになった時。

自分が何かを頼りたい時。

自分より相手の方が優れている時。

人はその状況を打破しようと何かに縋る。

それは人でも物でもどんな形のモノでも。

人が縋る時、その時は基本自分の失敗をどうにかしようという時。

縋るってことは自分の失敗を認めるってこと。

潔く自分の失敗を認めることは大切だ。

もしも、自分に誰かが縋ってきた時、それはありがたいことだ。

相手は失敗を犯した。

そこに縋ってきたということは、自分ならそれを解決できると見込んだからだ。

そういう時は全力でその状況を打破してあげよう。

もしも、自分が誰か人に縋ろうとした時、絶対にこの人だって人を見つけないといけない。

適当にその場しのぎで人には縋らないようにしないと。

物だとかそういうものにはそういうのはないが。

人に縋るって時は絶対に頼れる人に縋ろう。

それは何も恥ずかしいことではない。

これが恥ずかしいなら、世の中の協力なんて言葉はあってないようなものだ。

縋る時は自分の失敗を認め、縋られた時は全力でその状態を対処出来る人になりたい。
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