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見てくれた人に何か考えてもらえたら。
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目はずっと開け続けられない。

瞬きをする瞬間も、疲れて寝ている時も。

時には目を閉じておくことが、人には必要なのは全員が知っている。

目の前で嫌なことがあった時、人は目を反らす。

人は目で見たことを信じる。

しかし、世の中には現実を受け止めれないことが頻繁に起こる。

そういう時、人は目を瞑る。

目を閉じると前が見えない。

当たり前なことだが、自分の見たくないものは誰も見たくない。

目を閉じている人は、その時何か見たくないことが起きている。

それを絶対に目を開けて受け入れる必要はない。

理不尽に目を当てないこともできる。

しかし、ほとんどの人が結局、目を開けて理不尽を受け入れる。

それが良いのか悪いのかは分からない。

現実を受け入れることは大切なことかもしれない。

現実を全部受け入れることが当たり前ではないのかもしれない。

そう思ったときは、思いっきり目を閉じてしまえばいい。

見たくない現実は見なくていい。

逃げることを人は恥じだと言うけど、それは押し付けだ。

人は逃げることも出来る。

出来ることなら自分の判断でやればいい。

自分の判断だ。
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考えを突き詰める。

人生についての考えを突き詰めていくと何に辿り着くか。

何をそんな無駄なことをと思う人がいるかもしれない。

確かにそんな考えは言うほど必要ないだろう。

でも、何となく生きているとふと、そんなことを思う時はないか。

それを考えていると、たまに考えを突き詰めて行きたくなる。

それが人としての探求心なのかもしれない。

人は自分に不都合なこと、不快なことを避けようとする。

それは人としての本能なのかもしれない。

それでも、その生き方を人は間違いだと言う。

綺麗ごとのように。

どっちが綺麗ごとなのかは、その人の感性次第なのかもしれない。

でも、そういうことって自分の考えを突き詰めて行くと楽しくなる。

その考えが人から否定されようと、肯定されようと、自分の中だけに閉まっていようと。

人は特に意味もない、存在すらしてないことを考えるのが大好きだ。

願いだとか、希望だとか、夢だとか。

そういうことを考えている時が、人は一番生き生きしているだろう。

そういうことを突き詰めて考えている時が、人は一番生き生きしているだろう。

考えを突き詰めようと考えるのは楽しいことだけでいいだろう。
傍から見たら元気に見えるかもしれない。

傍から見たら落ち込んでいるように見えるかもしれない。

でも、元気に見えているだけで、その人は落ち込んでいるかもしれない。

落ち込んでいるように見えて、その人は元気なのかもしれない。

傍から見た印象と、その人が本当に抱いている感情ってのは違うかもしれない。

そう思うと、やっぱり内面を知らないと、その人のことはしれないということだ。

外見だけで人を見ても、そう見えるのは自分だけかもしれない。

内面を見て、やっぱりそういう人かってこともあるだろう。

見ただけではその人のことはほとんど分からない。

見ただけでその人のことを知った気になっている人こそ知ったっかぶりってやつだ。

相手のことを知るには、外から見て、内側まで見てまず一段階目。

そこからいかに相手の情報を相手から聞き出せるか。

どんな人も相手のことを100%知ることなんて無理だ。

家族であろうと、恋人だろうと、友達だろうと。

その人にしかわからない何かが必ずある。

でも、そこそこの割合に関する内容なら、そこから自分がどれだけ日引き出せるかによって変わる。

そこまでしていないのに、相手のことを知った気になって、相手を評価しない。

その評価は正当な物かどうかわからないけど、相手にも失礼だろう。

評価するのは勝手な話だが、曖昧な評価を付けると自分の所為でその人の評価が下がることも。

本当は大してその人のことを知っていないのに。

評価するのは自由だけど、相手を評価する時は、他の人もその評価を見てると思わないとだめだ。

傍から見ているだけで絶対的な評価は下せない。

でも、客観的な評価も必要不可欠だ。

そこのバランスを考えていかないといけない。

人は成長する。

成長を止めると、待つのは何か。

それは止めてみれば分かる。

誰が考えたって良いことが待っているわけがない。

成長ってのは何も頭とか身長とかそういうことだけじゃない。

人としての成長は死ぬまで続く。

常に老化していくって方の考え方もあるけど、それはまた別の内容だ。

成長したいなら、人はいくらでも成長することが出来る。

小さい子どもでも、年老いた老人でも、仕事に支配されている中年も、

遊ぶことに頭がいっぱいの若者も。

やるかやらないかの違いだ。

ほとんどの人はやった気でいる。

他人と比較する必要はない。

でも、人は周りが頑張っているのを見ると、自分も頑張れる。

周りの人が成長していれば、自分も成長しようとする。

なら成長するために何をしたらいいか簡単に分かるだろう。

自分がまず成長することを見つければいい。

そうすれば周りも成長してくれる。

そして、自分を追い越す存在が出てくる。

さて、前を歩いて成長している人は出来た。

後は自分がどれだけ成長したいかだけだよ。

良いものと悪いものがある。

人は本当に良いものと悪いものの違いを言えるか。

世の中には、良いものではないけど、良いものと言われるものも、

悪いものではないけど、悪いものと言われることもある。

正当な評価をされるものなんてなかなかない。

人が良いって言ったものは良い。

人が悪いって言ったものは悪い。

自分がそうは思っていなくてもそう言ってしまう時がある。

そうはありたくない。

その名前、ブランド、から勝手に良いものだと思い込む。

本当にそういう良いものを出していく所も勿論あるだろう。

それでも、自分はいまいちだと思っていても、世間が良いというと自分も良いと言ってしまう。

それはなんだ。

悪いものに悪いって言える自分。

良いものに良いと言える自分。

悪いものだけど、良いと言ってしまう自分。

良いものだけど、悪いと言ってしまう自分。

どれが正しいかなんて言うつもりはないが。

ほとんどの人は分かるだろう。

ちゃんとした評価を認めれる人になりたい。
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