『人間にとっては、年齢とは、その人間の品質を表す数値ではない。
つまり、年嵩が増しているからと言って、優秀であるとは限らず、それはただの、肉体の、主に、血管や内臓の使用年数に過ぎない。』
とある本の中に書いてある一文。
年齢とは、ヒトでは、出生児より任意の時期までの生存期間を、暦年により数えた年数をいう。
年を取っているからと言って、品がいいなんて事はない。
年寄りは若者を嫌う。
若者は年寄りを嫌う。
上の人は下の人に文句をつける。
下の人は上の人に文句をつける。
上は理不尽を下に要求する。
下は我が儘を上に押し出す。
よく若者じゃない人は、若者を非難する。
最近の若者はと。
よく若者は、自分より上の人を非難する。
自分より先に生まれたからって偉そうにと。
年上を敬う気持ちってのは、大事なモノ。
その敬うべき対象の年上限定で。
何でもかんでも、年上だから。
そんな理由では、年下も納得しない。
昔はこうだった。
自分たちが若い時は。
時代は進んでいっているのにだ。
それに言いくるめられてしまうと、
歴史が繰り返される。
そういったモノ程、悪い歴史の繰り返しが多い。
前にも記事に書いた。
大人が格好よければ、子どもはぐれない。
まだ見てない人は、少し記事を遡ってもらえると有難い。
つまりは、そういうこと。
悪い歴史は繰り返さない。
良い歴史は繰り返す。
誰だってそうしたい。
なら、その時の感情はこれからの歴史において、どっちなのか。
一度考えてみよう。
よく電車で若者は大声で喋っている。
これはいつの時代も言われて来た。
本当にそうだろうか。
今の時代、1番電車の中で、周りを気にせず喋っているのは、若者より年をとった人たち。
携帯の音が電車内で鳴るのも、電話で喋るのも、隣の人と喋るのも。
勿論例外の若者はいる。
しかし、比率は若者の方が圧倒的に少ない。
時代が変わったからだ。
買い物なんかでも、大声で的はずれなクレームをつけて来たり、態度が悪いのも若者より上の人たちばかり。
お年寄りが店員さんに喋りかけて、仕事の邪魔をしていたり。
そんな光景を多く見て来た。
年数を体に積み重ねて来ても、何も優秀なモノなんてない。
お互いがお互いに毛嫌いしてる部分もある。
どちらもこれから経験したり、経験して来たことなのに。
悪い歴史は終わらせて。
良い歴史を始めようか。